人が気持ちや考えを伝えあうには、
なにかしら伝達ツールが必要です。

もっとも使うのが言葉というツール

相手に何かを伝えたい時、
言葉を駆使して伝えようとしますね。

うまくいくときもあるけど、
うまく伝わらないときもある。

(他の人に話したことと同じなのになんで伝わらないんだろう…)
(あの人には伝わったのにナァ…)

なぜでしょう?

それは、

人は言われた言葉を理解するのに
自分の中で決まっている定義で理解するからです。

たとえば「コミュニケーション」という言葉。

どんなものだと思いますか?
ちょっと頭の中で思い浮かべてください。

 

……

 

………

 

…さぁ、何を思い浮かべましたか?

「話すこと」でしょうか?
それとも「触れ合うこと」だったでしょうか?

他にも「気持ちを打ち明けること」「聞く力」
「情報の共有」「仲良くすること」と言う人もいました。

これらは、どれも正解です。

問題なのは1つの言葉を表す意味が
これだけ曖昧でたくさんあるということです。

下手すると、明日もう一回
「コミュニケーション」ってどんなものですか?
って聞いたら、答えが変わるかもしれません(笑)

言葉の意味ってそれくらい、曖昧なものです。
特にカタカナ語がもつ曖昧さはやばいです。

言葉の意味が曖昧でたくさんあると、
人によって解釈がバラバラになります。

私たちは当たり前のように相手と解釈が違うまま
その言葉を使って意思疎通をしています。

毎日、毎日です。
家族、恋人、友人、先生、上司、部下など全ての人と。

解釈が揃っていることはもちろんありますが、
いつ揃っていて、いつ揃っていないかは目に見えません。

「今使ったコミュニケーションって言葉、
こういう意味で使ってるよね?」

なんて確認、なかなかしないですよね?
話すたびにいちいち解釈を疑ったりしていないでしょう。

この問題、根が深いのが
大人になり知識や経験が増えるほど
人それぞれの解釈に差が開いていくことです。

「いちいち言わなきゃわからないのかな…」
「俺の定義のほうが正しいし!」なんて姿勢は
そもそも解釈が違うなら虚しいすれ違いです。

だから、人と人がちゃんと伝えあうには
相手が違う世界を見ていることを知ることから始まります。

自分の解釈が人と違うかもしれないと自覚すること、ともいえます。

解釈がずれるのは仕方のないことです。
あなたが話している相手は、
あなたとテレパシーでつながっている訳ではありません。

相手と自分の違いを知り、どちらが正しいとかじゃなくて
とらえ方の違いを許し、伝え方を変えてもう一度伝えてみる。

その繰り返しが「伝わる」を生み出します。
その姿勢が、言葉を受け取る人への共感なのです。

ホームページで書く言葉も同じです。

伝えたいことは何か?
伝えたい人は誰か?
どうすれば伝わるのか?

伝えたい自分と、受け取る相手に解釈の違いがあることを知るのは
悲観することじゃなくて、むしろスタートラインに立ったということです。

ここから始めましょう。

それではまた!